職人の高齢化問題、次世代をどう育てる?

足場を組む職人の手に刻まれたシワ、左官の鏝を操る腕の確かさ、大工の木材を見極める目。

これらはすべて、長い年月をかけて培われた技術の結晶です。

でも今、その技術を持つ人たちの多くが、高齢化という避けられない現実に直面しています。

日本建設業連合会の調査によると、建設業就業者は2023年には55歳以上が約36%、29歳以下がわずか12%という状況です。

この数字が語るのは、ただの統計ではなく、私たちの暮らしを支える「技」の危機です。

私が震災取材で見たのは、崩れた建物ではなく、崩れた「日常」でした。

そこで痛感したのは、建物とは誰かの暮らしの器であり、その器を作るのが職人たちだということ。

では、その大切な「器」を作る技術は、これからどう受け継がれていくのでしょうか。

市民の目線から、現場の声を拾いながら、この問題を掘り下げていきます。

なぜ職人が減っているのか?

高齢化の実態と背景

日本の建設業界は深刻な高齢化の波に飲み込まれています。

国土交通省の資料によると、建設業就業者数は1997年の685万人をピークに減少を続け、2023年には483万人まで落ち込みました。

特に技能者(いわゆる職人)は307万人と、ピーク時から約34%も減少しています。

高齢化率を見ると、建設業の55歳以上の就業者の割合は約36%と、全産業平均の31.5%を大きく上回っています。

一方で29歳以下は約12%と、若手の参入が極めて少ない状況です。

2025年には団塊世代が75歳を超え、多くのベテラン職人が引退することで、さらに人手不足が加速すると予測されています。

私が大阪の老舗工務店を訪ねた時、棟梁は「うちの現場の平均年齢は60歳超えや。次の世代に技術を伝える時間がない」と嘆いていました。

このままでは、日本の建築文化を支えてきた伝統技術が、数十年のうちに失われてしまう恐れがあるのです。

若者離れの原因とは

若者が建設業から離れる理由は複合的です。

まず根強いのが「3K」(きつい・汚い・危険)のイメージです。

加えて最近では「厳しい・帰れない・給料が安い」という新たな「3K」も言われるようになりました。

建設業の年間労働時間は2023年時点で全産業平均より年間約250時間多く、週休二日制の定着も遅れています。

また、建設業の賃金ピークは45〜49歳と、製造業より早く訪れるため、キャリアパスの見通しにも不安があります。

福岡市の土木系専門学校の先生は「入学者の親御さんから『なぜ建設業を選んだのか』と心配される学生が多い」と教えてくれました。

親世代の認識が、若者の選択に少なからず影響しているのです。

さらに、建設業のデジタル化の遅れも若者を遠ざける要因になっています。

「現場は泥くさく、書類は紙ベース、指示は口頭」という従来の仕事スタイルは、デジタルネイティブ世代には馴染みにくいものです。

技術継承が途絶えるリスク

職人技術の継承が途絶えると、どんな問題が生じるのでしょうか。

まず危惧されるのは、建物の品質低下です。

熟練職人の「経験知」は、マニュアルだけでは伝えられない勘や判断力を含みます。

例えば、木造建築での「墨付け」(木材に加工線を記す技術)は、熟練大工の感覚と数十年の経験が凝縮されたものです。

これが失われると、建物の精度や耐久性に影響します。

次に懸念されるのは、地域固有の建築文化の消失です。

私が取材した島根県の茅葺き職人は「後継者がいないから、この地域の民家様式は私の代で終わるかもしれない」と語っていました。

それは単なる建築様式の問題ではなく、地域のアイデンティティの喪失でもあります。

さらに深刻なのは、災害時の復旧力の低下です。

2016年の熊本地震後、古い木造建築の修復に必要な伝統工法を知る職人が不足し、修復が遅れた例がありました。

技術の断絶は、地域の災害レジリエンスにも影響するのです。

次世代を育てるための取り組み

企業・団体の育成プログラム事例

建設業界では、次世代育成のための多様なプログラムが始まっています。

注目すべき取り組みの一つが、国土交通省が提供する「建設技能トレーニングプログラム(建トレ)」です。

これは職人の技術をデジタル映像化し、スマホやPCで時間や場所を選ばず学べる無料の研修プログラムです。

熟練技能者の動きをモーションキャプチャーで可視化するなど、ITを活用した新しい学習方法も取り入れられています。

企業レベルでは、「社内大学」や「社内アカデミー」を設ける中小建設会社が増えています。

大阪の中堅ゼネコンでは、ベテラン職人が講師となり、若手向けにテキストを作成して講義形式で技術を教える試みが行われています。

コロナ禍以降は、Zoomなどを使ったオンライン研修も普及し、現場からでも参加できる環境が整いつつあります。

また、船井総合研究所の建設支援部マネージング・ディレクターは「若手社員の定着・育成には、単なる技術指導ではなく、メンタル面のケアを含めた総合的なアプローチが必要」と指摘しています。

見習い制度の現状と課題

伝統的な「見習い制度」も、現代的な形で復活しています。

かつての「親方と弟子」の関係を、より体系的な教育システムとして再構築する試みです。

東京都内の左官業組合では、見習い期間を明確に設定し、段階的に技術習得目標を設けるプログラムを導入しています。

「見て覚える」だけでなく、理論と実践を組み合わせた教育方法が取り入れられているのが特徴です。

しかし、見習い制度にも課題があります。

最近の若者は「自己成長欲求が強い」「失敗を恐れる」「自分の考えに合わない人には排他的」という特徴があるため、従来の「背中で教える」スタイルが通用しにくくなっています。

福岡の建設会社の若手社員は「何のためにこの作業をするのか、全体の中での位置づけを説明してほしい」と話していました。

ただ手順を教えるだけでなく、意味や目的を伝えることが、今の若者への技術継承には不可欠なのです。

また、見習い期間中の給与保障も大きな課題です。

人材開発支援助成金(建設労働者認定訓練コース)などの支援制度はありますが、中小零細の事業者にとっては、経済的負担は依然として重いのが現状です。

地域と連携した教育のあり方

職人育成は、企業だけでなく地域全体で取り組む動きも広がっています。

鹿児島県の「匠の技伝承プロジェクト」では、地元の高校生が伝統建築の職人に弟子入りする体験プログラムを実施しています。

これにより若者に建設技術の面白さを伝えると同時に、地域の文化継承にも寄与しています。

また、岩手県では震災復興を契機に、大工や左官などの職人と小学生が交流する「建設出前授業」が定着しました。

子どもたちに小さな木工作業を体験させることで、ものづくりの喜びを早くから感じてもらう取り組みです。

「子どもの頃から職人の仕事に触れる機会があれば、将来の選択肢として建設業を考える若者が増えるはず」と、このプロジェクトに参加している大工の棟梁は語ります。

さらに、広島県の建設業協会では、地元の工業高校と連携し、現役の職人が実技指導を行う特別授業を年間プログラムとして組み込んでいます。

学校教育と実務をつなぐ架け橋となり、卒業後の就職にもスムーズにつながるよう設計されています。

地域の建設力を維持するためには、このような産学官が連携した「地域ぐるみの人材育成」が今後さらに重要になっていくでしょう。

若手職人のリアル

実際の声:選んだ理由、感じている壁

若手職人たちは、なぜこの道を選び、どんな壁を感じているのでしょうか。

私が福岡市で出会った24歳の左官職人・山田さん(仮名)は、大学卒業後にこの道を選びました。

「就職活動中、何か形に残るものを作りたいと思った時、たまたま左官の仕事を見る機会があって。手で触れて、時間をかけて仕上げていく感覚に惹かれました」

彼が感じる壁は、技術よりも人間関係だと言います。

「年齢差のある先輩方とのコミュニケーションが難しい。自分の意見を言いにくい雰囲気があって。でも最近は少しずつ変わってきています」

大阪で塗装工として働く30歳の木村さん(仮名)は、異業種からの転職組です。

「前職はIT企業でしたが、画面の中だけの仕事に物足りなさを感じていました。今は自分の仕事が街の景観を変えるという実感があります」

一方で、彼女が苦労しているのは体力面だといいます。

「最初の頃は毎日筋肉痛でした。女性だからといって特別扱いされたくないけど、道具が男性向けに設計されているので使いにくさを感じることもあります」

札幌の電気工事士(22歳)は「資格取得のサポートが手厚く、スキルアップの道筋が見えることが魅力」と話す一方、「冬場の屋外作業は本当に過酷。そこは覚悟が必要」と率直に語ってくれました。

若手職人たちの声からは、やりがいと苦労が混在する「リアルな現場」が見えてきます。

女性職人の存在と可能性

建設業における女性の活躍も、少しずつ広がりを見せています。

日本建設業連合会の調査によると、建設業の女性就業者は2023年には88万人と過去最高を記録し、全体の18.2%を占めるまでになりました。

特に技能職での増加が顕著で、従来の事務職中心から現場での活躍も増えています。

神奈川県の建設会社に勤める女性技術者は「昔に比べれば設備面では様々な改善がなされている」と評価する一方、「まだまだ『男社会』な部分や感覚は残っている」と指摘します。

国土交通省は2018年度に「建設産業女性定着支援ネットワーク」を創設し、女性の入職促進と定着を図る取り組みを推進しています。

また、「建設産業における女性活躍・定着促進に向けた実行計画」を策定し、官民一体となった支援体制を構築しつつあります。

女性職人の増加は、単に人手不足解消だけではなく、業界の価値観や働き方を多様化させる可能性を秘めています。

「女性ならではの細やかな感性が、顧客満足度の向上につながっている」と話す工務店経営者もいます。

一方で課題も残されています。

女性が働きやすい現場環境の整備や、妊娠・出産後のキャリア継続支援など、女性特有のライフイベントに対応した制度設計がさらに必要です。

「生理休暇があっても有給ではないため使いにくい」「産休・育休を実際に取得した社員がいないので不安」といった声も現場からは聞かれます。

SNSや動画での発信が生む新しい魅力

近年、建設業界の新たな動きとして注目されているのが、SNSや動画を活用した情報発信です。

InstagramやTikTokで職人の技術や仕事の様子を発信することで、従来のイメージとは異なる建設業の魅力を伝える取り組みが広がっています。

例えば、土木・建設の仕事は専門性が高く、普段見ることができない職人たちの手作業が、意外にも視聴者の興味を引くコンテンツになっています。

インスタグラムのリール動画から興味を持って応募につながったケースや、TikTokでバズったことをきっかけに若手人材からの応募が殺到した企業もあります。

「マインクラフトで会社の事務所を作る」というコンセプトで、若手社員と社長がゲーム実況をしている建設会社の例もあり、多様な発信方法が模索されています。

福岡県の内装工事会社では、20代の職人が現場の「あるある」を面白おかしく投稿したところ、「建設業のイメージが変わった」と就職希望者から言われることが増えたといいます。

SNSは手軽だからこそ炎上リスクもありますが、適切な運用ができれば、特に若年層への訴求力は大きいものがあります。

調査によると、今や求職者の約90%が応募を考えている会社のSNSをチェックするとされています。

公式サイトでは会社の社風や労働条件を、SNSでは実際の仕事風景や従業員同士の雰囲気を把握する傾向があり、採用活動においてもSNSの重要性が高まっているのです。

このようなデジタル化の流れに対応し、BRANU株式会社が提供する建設DXプラットフォーム「CAREECON Platform」は、建設業界の人材不足や技術継承の課題解決に貢献しています。

職人同士をマッチングするシステムや現場管理のデジタル化を通じて、業界の生産性向上と若手人材の確保を支援する取り組みは、今後の建設業界の発展に不可欠な要素となるでしょう。

技術を「伝える」ためにできること

目に見える「価値」としての職人技

職人技術を次世代に伝えるためには、その「価値」を目に見える形で示す必要があります。

かつての職人技は「秘伝」として秘匿されることも多く、親方から弟子へと閉じた環境で伝承されてきました。

しかし今、その技術の社会的価値を広く認知してもらう取り組みが始まっています。

岐阜県の宮大工集団では、伝統的な木組み技術を使った建築現場を定期的に一般公開し、その精緻さと美しさを市民に体感してもらうイベントを開催しています。

「難しい技術だからこそ、その価値を多くの人に知ってもらうことが大切」と棟梁は言います。

また、経済的価値を明確にすることも重要です。

国土交通省の調査によると、建設業の男性労働者の賃金は近年上昇傾向にあり、2023年には大きく増加しています。

公共工事設計労務単価も12年連続で上昇し、技術に見合った対価を支払う流れが強まっています。

こうした経済的評価の向上は、職人技術の社会的価値を反映したものと言えるでしょう。

福岡の工務店経営者は「職人の仕事に適正な価格をつけることが、技術を守ることにつながる」と話します。

安さだけを追求する風潮から、質と技術に対価を払う文化への転換が、技術継承の土台となるのです。

言葉にして残す文化資産

職人技術の多くは「暗黙知」として、言葉にされずに伝承されてきました。

しかし、継承者不足が深刻化する中、これらの技術を言語化・可視化する取り組みが重要になっています。

京都の建具職人団体では、熟練職人の技術を映像と解説書にまとめるアーカイブ事業を進めています。

「職人の頭の中にあるノウハウを、どうやって言葉や映像に変換するかが難しい。でも、それをしないと技術は消えてしまう」と、プロジェクトリーダーは語ります。

国立歴史民俗博物館では、伝統建築技術を「無形文化財」として記録・保存するプロジェクトを実施しています。

単なる作業手順だけでなく、職人の判断基準や感覚的な要素も含めて記録することで、技術の本質を伝えようとする試みです。

また、東北の被災地では、地元の伝統的な建築様式や修復技術を地域の小学校の副読本としてまとめる活動も始まっています。

次世代を担う子どもたちに、地域の建築文化を「言葉」として伝えることで、長期的な継承を目指しています。

熊本県の左官職人は「技術は手だけでなく、心で伝えるもの。その心を言葉にすることが、今の私たちの使命かもしれない」と話していました。

「地域の建設力」をどう守るか

建設技術の継承は、個々の職人や企業の問題を超えて、「地域の建設力」をどう守るかという観点が重要です。

災害大国の日本では、地域の復興力として建設技術が果たす役割は極めて大きいからです。

熊本地震の被災地では、古民家の修復に必要な技術を持つ職人が不足し、県外から応援を求める事態が発生しました。

これを教訓に、福岡県では「地域建設技術バンク」という仕組みを試験的に導入しています。

地域内の職人の技術を登録し、緊急時に相互支援できる体制を整えるものです。

また、過疎地域での建設技術継承も大きな課題です。

島根県の山間部では、集落全体で唯一の大工が高齢化し、後継者がいない状況が続いています。

「この地域から大工がいなくなると、住宅の修繕すらままならなくなる」と地域住民は危機感を抱いています。

そこで地域おこし協力隊の制度を活用し、都市部の若手を受け入れて大工技術を伝授する取り組みが始まっています。

都市と地方をつなぐ人材循環の仕組みとして注目されています。

さらに、災害時の応急仮設住宅建設や倒壊家屋の解体など、緊急時に必要な技術を地域で確保するため、自治体と建設業協会の連携も強化されています。

「地域の安全は地域の技術者が守る」という視点での人材育成が、これからの重要な課題と言えるでしょう。

まとめ

高齢化は危機であると同時に、可能性でもあります。

ベテラン職人たちの豊かな経験と知恵を、次の世代にどう受け渡していくか。

それは単なる「技術移転」の問題ではなく、日本の建築文化や地域の暮らしを守る大きな課題です。

職人の高齢化問題は、建設業界だけの問題ではありません。

私たちの住まいや街並み、そして災害時の復興力にも直結する社会全体の課題です。

今、建設業界では、従来の徒弟制度的な技術継承だけでなく、デジタル技術の活用やSNSでの発信、地域と連携した人材育成など、多様なアプローチが試みられています。

特に注目すべきは、女性職人の増加やSNSを活用した若手の取り組みなど、新しい風が少しずつ吹き始めていることです。

技術を「伝える」ためには、その価値を社会に認知してもらい、適正な評価と対価を得ることが不可欠です。

そして何より大切なのは、技術だけでなく、そこに込められた「想い」を言葉にして伝えることではないでしょうか。

「建設は、誰かの”日常”の器をつくること」。

この言葉の意味を次世代に伝え、共感を得ることが、技術継承の第一歩になるのかもしれません。

職人技術を守り育てることは、私たち一人ひとりが「良い建物」の価値を理解し、適切に評価する目を持つことから始まります。

地域の建設力を守るために、私たちにもできることがあるはずです。

それは、地元の職人の技に関心を持ち、その価値を認め、次世代の担い手を応援することから始まるのではないでしょうか。

最終更新日 2025年4月23日 by asisps